太陽が一日の中でもっとも高くなる時間。
そんな時間に、ヒスイ・マクドールは、今日はじめて同盟軍本拠地城内にあてがわれた一室から出た。
起床してから、いまのいままで朝食をとりもせずに黙々と本を読みふけっていたのである。
体は動かしていなのだが、さすがに起床してから約5時間。
胃が食べ物を要求しはじめたので、読書をいったん中断した。
そうして、遅い昼食をとろうと廊下を歩き始めると、
「あ、あの、ヒスイさま」
「?」
とつぜん後ろから遠慮がちに声をかけられて、内心多少驚いた。
振り向けば、一体いつからそこにいたのか、食堂の給仕姿をした少女が立っている。
その少女を見て、ヒスイはこっそり嘆息したくなった。
(気配に気づかなかった…)
いくら気をぬいていたとはいえ、不覚である。
戦闘では背後を取られることは致命的だ。戦闘慣れしているため気配には異常に敏感なはずであったが、
どうも気がゆるんでいたらしい、とヒスイは眉を寄せた。
(あとでシーナあたりでもつかまえて稽古をするか)
フリックかビクトールあたりでもいいかもしれない。
などと、思考をまったくもって違う方向に働かせていると、
「あの…ヒスイさま?」
少女が不安な面持ちでこちらをのぞきこんできた。
ヒスイは慌てて顔をあげて、笑顔を作ってみせた。
「ああ、ごめん。なに?」
「はい。えっと…」
と、少女はどこからか白い小さな包みを取り出すと、それをヒスイの前に差し出した。
「これ、もらってください!!」
無駄に大きな声(むしろ叫び)でそう言い、本人はヒスイと目をあわせないようにうつむいてしまう。
ヒスイは首を傾げた。
「これは?」
「あ、あのっ、今日、ハイ・ヨーさんが女の子たちにお菓子の作り方を教えてくれてて…。あ、えっと教えて
もらったのはクッキーなんですけど。それでさっき出来上がって…。えっとえっと、それで……」
ああ、なるほど。
ヒスイは少女が自分の顔を見ずにうつむいているのをいいことに、苦笑いをした。
これ以上、どこぞの超絶無愛想な少年魔術師のように「それで?」とか、言うほど鈍くはないつもりだ。
「どうもありがとう」
ヒスイは手を伸ばして、差し出された包みを受け取った。
有難いことに。
城内をほんの数分歩いていただけで、ヒスイは知らない少女たちからプレゼント攻撃にあった。
なかには、何の前触れもなく柱の影から踊り出てきて、ヒスイに包みを無言で投げつけて走り去っていく少女もいた。
好意をもたれているのか嫌われているのか、ヒスイは少しだけ悩んだ。
ともあれ、そんな少女の分も含めて、彼女たちから手渡される包みはどれも綺麗にラッピングされていて実に可愛らしかった。
(……こーゆー可愛らしいものを持って歩き回る男もどうかと思うんだが…)
ヒスイは、すでに両手いっぱいになった包みを見下ろしてため息をついた。
可愛らしい包みを両手一杯に持って歩き回る男。
お世辞にも決して自然とはいいがたい姿であった。
ひどく複雑な表情で両手にそれを抱えたままいきついた先は、
「やあ、ルック」
約束の石板を管理する少年の前。
「なんなの、それ」
いつも通り、面倒くさそうに読みかけの本から顔を上げた少年は、
空いた片手でこちらの手もとを指さしてきた。
「女の子たちから貰った。クッキーだそうだよ。食べないか?」
「……」
ヒスイのこたえにルックはやや眉を寄せた。
「君、バカじゃないの」
やたらとぶっきらぼうに少年魔術師が言ってくる。
ヒスイはピン、と器用に片眉を跳ね上げた。
「結構な言いぐさだね、ルック」
「バカにバカって言ってなにが悪いのさ」
「そうバカバカ言われると腹が立つんだが」
「甘いもの苦手だから食べられないクセに、何で貰ってくるの。
断る根性も持ち合わせていないわけ?」
最後のセリフは呆れたようにため息まじりだった。
ヒスイは、ルックのその言葉に少しだけ双眸を大きくする。
「あれ?知っていたのか」
実はヒスイは甘い菓子などは苦手である。
目の前の偏食魔術師と違ってたいがいのものは食べられるが、甘いものだけは得意ではなかった。
「じつは、もらったはいいが、食べられないだろうから困っていた。君はたしか、甘いものは大丈夫なはずだったね?」
「ぼくに処分しろって言うの?食べられないなら最初から断ればいいんだ」
「誰かさんと違って女の子からもらったものをつき返せるほどの度胸を持っていないんだ」
「で、影で処分をするわけ?バカじゃないの、この偽フェミニスト」
言って、ルックがなにかを諦めたかのように深く息を吐く。
ヒスイは「悪かったね」肩をすくめて、しかめっ面のルックの隣へ腰をおろした。
「食べないか?」
と、ヒスイはてもとの菓子を見せるのだが、
「いらない」
少年魔術師からの返答はにべもなかった。
「そういわずに」
「いらない」
「喰え」
「命令形にされても」
「だめ?」
「……声を変えないでよ気持ち悪い」
「こういう風に言うと、かなり無茶なことでもやってくれる奴がいるんだが」
「知るかそんなこと」
頭痛でもするのか、ルックが頭を抱えてうめいた。
「だから、後でどうせ困るんだからもらってこなければいんだよ。バカみたい」
「もらってしまったものは仕方ないじゃないか。若者は過去よりも未来に生きよう、ルック」
「意味わかんないし。
だいたい、君って無駄に女性に愛想がよすぎるんじゃないの。腹の中は黒いくせに」
「言ってくれるね。そういうルックこそ女の子にはそれなりに優しいじゃないか」
「何をみてそういうことを言うのさ?
ぼくは君と違ってそんなことに無駄な労力は使わない」
「そもそも愛想のカケラもないだけだろう。社会性がないね」
「その愛想を発揮して、いらないもの貰ってくるバカよりよっぽどマシだね」
「…こだわるなあ」
ヒスイは虚しい言い合いにいい加減に飽きて、菓子を持った両手を引っ込めた。
自分の前から菓子包みが遠ざかって、「……」ルックは再び本に視線を戻す。
「…前は、そういうのもらったりすることもなかったのにね」
ぼそり、と本から視線をあげずにルック。
ヒスイは手もとの菓子に目をやった。
「解放軍にいたときか?
さすがに、軍主にわたすのは度胸がいるだろう」
「まあね」
「………」
「………」
沈黙。
ヒスイは「ああ」しばし黙考したのち、小さく声をあげた。
そして、至極真面目な表情でルックに顔をむける。
「大丈夫だ、ルック」
「……は?」
とつぜんかけられた言葉に、ルックが訝しげにかたちの良い眉を寄せた。
かまわず、ヒスイは真面目な表情のまま、
「心配しなくても、ぼくはものにつられることはない」
「……何いってるのさ?」
「愛の ――」
「うるさいだまれしね」
無表情にルックが放った風の魔術は(真の風の紋章を使用したらしい)、ヒスイを
やたらあっさりと吹き飛ばす。
約束の石板からやや離れた位置で、今日も今日とて居眠りをしていたビッキーは、惜しいことに、空を舞う(ただし、やたらと低飛行)
トランの英雄の姿を見ていなかったという。
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アヅハアヤさまいから戴いた坊ルク小説です〜!!
アヅハさんご自身のサイト様で1111番をゲットさせて戴いて、厚かましくもリクさせて戴いちゃいましたvv
素敵すぎです!!アヅハさんの書かれる小説はいつも本当に素晴らしいものばかりで!!(>_<)
尊敬のひとことです!ルックが可愛すぎます(*>∀<*)そして坊は格好よいですよね〜vv二人の掛け合いも最高でv
これからも坊とルック仲良し(?)小説、楽しみにさせて戴きますv
本当にありがとうございました〜!!
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