灰色のおとなりさん


 彼女が日の出ているうちに城内をうろつくのは珍しい。
 普段は、地下にひっそりとある共同墓地にいるか、カーテンをしめきった部屋でぐっすりと眠っているのである。
 しかし完全な夜型である彼女でも、

(退屈じゃの)
 と、明るいうちからふらふらとすることもある。
 なにかおもしろいものでもないか、と歩き回っていると、

「……おや」
 中央ホール2階。
 その階下にいる少年ふたりが彼女の視界に入った。
 月の紋章を持つ彼女と同じく、真の紋章を所持する少年たちである。
 彼らは約束の石板を背に、なにかを話し込んでいるようだった。
 彼女が気配を消して、そっと上から彼らの会話に耳を傾けてみると、

「…だから、言語によって問題がおきるだろ。形態的課題と音韻的課題においては言語の違いもあるし提示された単語への問題も いなめないわけだがら、仮に記憶保持順位が仮説どおりでも……って、聞いてるか?ルック」
「…聞いてるよ。でもそれ、ハルモニア古代語とファレナの女王国の古代語で自己関連づけまでやって ――」
 なにやら、参加してもおもしろくもなさそうな会話である。
 彼女は手すりにもたれ、しばし階下の少年たちを眺めていたが、数分後、あくびをしながらその場を去った。



 何かよい暇つぶしでもないかと城内を歩き回ってみたのだが。
 彼女のお気に入りの若い副軍師も、いつもうるさくちょっかいをかけてくる熊も(ふだんは頼まなくてもやって来るくせに)見つからなかった。
 結局、彼女はやや頬をふくらませて再び中央ホールの2階へと戻ってきたのであった。
 ふと階下へ目をやれば、数時間ほど前から約束の石板の前にいた少年たちが、まだそこでなにやら言い合っていた。

(なんじゃ、まだつまらぬ話でもしておるのか)
 彼女はすこし眉を寄せながら、彼らを手すりごしに見下ろした。
 少年たちの会話が耳に入ってくる。

「…猫」
 ぼそり、と言ったのは石板守りの魔術師。
 
「こぐま」
 と、こたえたのは、トランの英雄。

「まくら」
「らいたー」
「……それって、"た" ではじめるの?それとも、語尾の"あ" ?」
「"あ"じゃないか?」
「じゃあ、あられ」
「………」
 しりとりかい。
 階上から少年たちを眺めていた彼女は、思わず情けない気持ちになった。
 同盟軍魔法兵団長とトランの英雄が至極真面目にしりとりをしているさまは、 なんともいえず異様であった。
 それならば、さきほどのつまらなさそうな会話の方がまだマシである。
 いったいどこでどうなって、しりとりへと発展してしまったのか彼女にははなはだ検討がつかなかったが、

(ようするに、奴らも暇人か…)
 まあ、そういうことなのだろう。
 彼女はひらり、と手すりをとび越えると、難なく少年たちの側へと着地をした。
 とつぜん上からおりてきた彼女に、彼らは驚いた様子もなく目を向けてくる。
 
「………」
「やあ、シエラさま」
 と、片手をあげて挨拶をしてきたのは、トランの英雄ヒスイ・マクドール。
 その横の魔術師は、ちらり、とこちらを不機嫌そうな面持ちで一瞥してからすぐに視線をはずした。
 魔術師の愛想のなさはいつものことなので、それは気にせずに彼女、シエラは腰に手をやって彼らを見据えた。
 
「男ふたりでしりとりか。情けない光景じゃの」
「いや、語彙所持数勝負だよ」
「同じことじゃろう」
 シエラは腰に手をあてたまま、ため息をつく。

「おんしら、どうせ暇なのじゃろう?わらわにつきあわんか」
「つきあうって…どこに?」
「酒場」
 眉ひとつあげずにそう言うと、ヒスイは苦笑したようだった。

「昼から酒場か。シエラさまも暇なんだね」
「否定はせぬ。どうじゃ、つきあうのか」
「うん。では、お供いたします」
「おんしはどうじゃ、ルック」
「…行かない」
「そうか。では、行こうかヒスイどの」
 少年魔術師のこたえもトランの英雄のこたえも予想どおり。
 予想どおりの相手を連れて、シエラは足を酒場へと向けた。



 さすがにまだ明るいためか、酒場に人の姿はまばらである。
 シエラは狭いコンパスでずかずかと中央のテーブルまで歩いていき、 そこへさっさと腰をおろした。その向かいでは、ヒスイがゆっくりとした動作で椅子をひく。
 シエラはヒスイが席に座るのを待たずに片手をあげて給仕の娘を呼び、彼女に適当に注文をすると、

「おんしらはよく一緒にいるのう」
 とつぜんはなしを切り出す。
 ようやく席についたヒスイは「うん?」、シエラに視線をかえした。

「ぼくとだれ?」
「おんしとルックじゃ」
「ああ、そう?」
 ヒスイは片手で頬づえをつきながら、どうでもよさそうな声音でかえしてくる。

「むこうはぼくが嫌いみたいだけれどね」
「ああ、あれはヒスイどのを嫌っておるな、間違いなく」
「困ったねえ」
 あははは、と笑うヒスイ。
 シエラは眉をひそめた。

「おんしは、ルックと一緒にいて楽しいのかえ?」
「いや、あんまり。ちなみに、ナナミと一緒にいるのがいちばん楽しいんだけれど、彼女に くっついているとティムが怒るんだ」
「ほう」
 シエラが頷くと同時、「おまたせしましたー」明るい声で給仕の娘が会話 を遮った。
 テーブルのうえに酒とつまみを手際よくおいていく。

「ほかにご注文はございますか?」
「いや、いまはいい」
「はーい。では、失礼しまーす」
 愛想をたたきうってから給仕の娘は踵を返して、他の客のもとへと注文 をとりにいく。
 シエラはグラスを手にとると、そこから一口だけ酒を啜った。
 正面では彼女にならって、ヒスイがあかい液体の入ったグラスに口をつけている。
 それを眺めながら、

「楽しくもないのに、おんしはルックの側へとよく行くのう」
 シエラが会話をもどすと、ヒスイはグラスに口をつけたまま頷く。

「うん、そうだね」
 シエラはつまみ皿のひとつからししゃもをつまみ上げ、その頭の方を ぴっ、とヒスイに突きつけた。
 ししゃもと目があったらしいヒスイは、困ったように赤茶色の目を しばたかせる。

「…なに?シエラさま」
「おんし、なにを好んであれの側に行くのじゃ?」
 あれ、とはとうぜん風使いの魔術師である。
 ヒスイは目の前に突き出されたししゃもを眺めながら「んー」、とか意味のない声をあげる。
 
「なんでって……」
「それは愛よ」
 と、きっぱりはっきりこたえたのはヒスイではなかった。
 いつのまにそこにいたのか、彼らの傍らには金髪の少女が仁王立ちで立っていた。

「うわ、ニナ」
 心底いやそうな表情でヒスイがうめく。
 とつぜんわいて出たもとニューリーフ学院の女性徒ニナは、勝手にヒスイの となりに腰をおろすと、

「はなしは聞いていたわ、ヒスイさん。それは愛なのよ」
 綺麗なみどり色の瞳をきらきらとさせて言ってくる。
 ヒスイは半眼になった。
 
「ていうか、君はいったいどこではなしを聞いていたんだ…?」
「え?いやあね、ずっと後ろの席で聞き耳をたてていたに決まっているじゃない?」
「ああ、そう…」
 なにがどう決まっているのか、やたらと得意げに言ってくるニナにぐったりとした 様子でこたえるヒスイ。

「で?ニナ、おんしさっき何と言った?」
 シエラはむかいに座るニナにししゃもの頭のさきをむける。
 と、ニナの瞳がまた無駄に輝きはじめた。

「だからね、ヒスイさんがルック君のところへ意味もなく行っちゃうのは愛なのよ!!」
「………頼むから、大声でそういうことをわめかないでくれ」
「シエラさんもそう思うでしょう?!」
 ヒスイをきれいに無視して、ぐりん、とニナが視線をシエラにむける。
 シエラは「ほほう」と笑った。

「そうなのかえ、ヒスイどの?」
「あー。なんかもう、それでいいや」
「だめよ!ぜんっぜん愛が足りないわ?!」
 面倒くさくなったのか適当にひらひらと手を振るヒスイの横で、 ニナがめもとに手をやって視線をそらす。

「だいたいヒスイさんは知らないのよ!!」
「……なにが?」
「ルック君に近寄っておはなしとかしたくても、ヒスイさんがいっつもルック君の側にいるから、遠慮して っていうか怖くて近づけない子がけっこういるのよ?!」
「ぼくがどうこう以前にまず、あれが愛想がなくて怖いから近寄れないんじゃないか?」
 ヒスイが半眼でつっこむのだが、やはりニナは聞いていないようだった。
 白熱してきたのか、彼女はがたん、と椅子から立ち上がって酒場の端にまで聞こえるような大声でつづける。

「だから、遠くからそんな二人を見守ることしかできない子が集まって、『ふたりの愛を応援しちゃう★』とかいう 会まで設立されてしまったのよ?!ちなみにわたしは会員12番!!」
「つぶしてしまえそんな会 ―――― !!」
 がたん、とヒスイも椅子を蹴倒してたちあがる。
 衝撃で、テーブルのうえのグラスがゆれて中身が溢れそうになったので、シエラは ひょい、とそれを持ち上げて保護した。

「まあおちつけ、おんしら」
 ぜーはーと意味もなく息切れをする二人を見上げながら、シエラが冷静に 仲裁にはいる。
 二人は、「……」無言でがた、と席にもどった。
 シエラは手の中のグラスを適当にもてあそびながら、

「ヒスイどのとルックの愛はよくわかったが ――」
「チガウ」
「そうよ!!ヒスイさんってばぜんぜん足りてないわ?!」
「それもちがう」
「だいたいあれだけ毎日いっしょにいながら、なんの進展もないってどういうことよ?!」
「毎日みてるのか君らは…」
「交換観察日記まであるのよ?!ほら見てよ、毎日いっしょの内容でつまらないじゃないの!!」
「燃やしてしまえそんなもの。ていうか燃やす。火炎の矢」
「きゃーっ!?何するのよヒスイさん!?
 くっ、これで勝ったと思わないでよ!?いずれ第2第3の交換観察日記が…」
「いらん」
「ちと黙っておれんのか、おんしら」
 テーブルのうえでめらめらぼうぼうと、勢いよく燃えるなぞの分厚いノート。
 シエラはそれを眺めながら、ふかくため息をついた。

「ヒスイどの」
「うん?」
「ともかく、ルックの側にいたいと思うのはおんしだけではなかったようじゃの。
 おんしが離れれば、ナントカの会の少女たちがあれに近寄っていくのではないのか?」
「あの天然魔除けにねえ…」
「ルック君って意外と女の子には優しいからね〜。けっこう人気あるのよ?あとヒスイさんも」
「…ついでか?」
「まあ、なんにしろ、そのような少女たちがいると理解しておくのじゃな、ヒスイどの」
 言って、がたん、と席をたちシエラは踵をかえす。
 そのうしろで、

「……ひょっとしてここはぼくが持つのか…?」
「あーあ〜。ヒスイさん、交換観察日記どうしてくれるのよー?みんなに怒られちゃうじゃないの〜。
 あ、おねーさーん、ミートパイくださーい」
 ぐったりとしたヒスイの声と元気のよいニナの声を背後に、シエラは酒場の 扉をあけた。



 後日、中央ホール約束の石板まえ。
「………ねえヒスイ」
「………なに」
「ものすっっごく邪魔なんだけど」
「なにもしていないじゃないか」
「朝から約7時間、ずっととなりにいられる身にもなってよ。邪魔どっかいけ」
「うるさい。俺に指図するな」
「………一人称かわってるけど………」
「あー、うるさい。機嫌がわるいんだよ。ちょっと黙ってろ」
「………」
「………」
 険悪な空気を放ちまくるトランの英雄と風つかいの魔術師を階上から眺めていたシエラは、

「相性は最悪じゃの」
 じつにただしい意見をぽつり、と口にした。



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アヅハアヤ様のサイト様で3000ヒットをゲットさせて戴いて、リクさせて戴いたルックと坊小説です〜!!
あぁ・・・こんなに素敵な坊とルック小説戴いてしまって良いのでしょうか・・・(*>w<*)
アヅハさんの書かれる小説心から愛しておりますーーー!!!

坊がッ!!坊が格好よすぎですって!!!最後の一人称変わるところなんて鼻血もんですって!!(悦)
ニナやシエラに振り回される坊でも素敵です。(おい)やきもちやいてずっとルックの隣にいる坊なんか最高です。
私も是非二人の愛を応援しちゃう★の会に参加させて下さい(真剣)
素敵な小説を本当にありがとうございました!!また楽しみにしておりますv(おい)

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