+ 見 渡 す 部 屋 +







 静まり返った店内に、更に緊張が高まった。
 厄介事が起こったことを咎めるような目で、マスターが歩とひよのを見やる。
 佇む少女は、小さく微笑を浮かべていて。
 そして歩の隣に立つひよのは、この突然の事態にも無表情に黙ったまま。

「あんたは……」
 このままずっと続くかと思われた静寂を歩が破った。


「既に察しがついてるでしょうが、ドールの一人です。 リオ――竹内理緒と言います、以後お見知りおきを。 鳴海歩さん、あなたを捜していました」
 少女が一歩、二歩と歩達へと静かに歩み寄る。
「今朝、俺に話しかけてきたよな」
「えぇ」
「俺を捜していたと言ったな。 俺が俺だと知っていて、今朝あんな風に話しかけたのか?」
 動揺した風もなく、落ち着き払った様子で返してくる歩に、理緒は面白そうに肩を竦めた。
「まぁ、興味本位で」
「あんまり良い趣味の喋り方じゃなかったな…」
 苦笑する歩に理緒は「こんな話をしにわざわざ出向いたわけではありませんよ」とゆっくりと目を閉じて首を振った。

「で? あたしに訊きたいことがあるんじゃありません?」
「そうだな…多々ある。 …だが、その前にここを出てからじゃだめか?」
 歩が店内を見回し、マスターに視線を移し、それから理緒に戻した。
 その意図を察し、理緒は薄く笑みを浮かべ、
「他の人がいちゃまずいですか? それじゃあそこの二人にはいなくなって貰いましょうか?」
 何でもないことのような朗らかな口調で言い放ち、理緒が腰に提げた鞄から銃を取り出し、それを並んで立つひよの達に向ける。
「なっ…」
 マスターは恐怖で凍り付いたが、ひよのは憤慨したように顔をしかめた。

 以前歩が訪れた町酒場に現れた、浅月香介と名乗った男が撃ち殺したウェイトレスをふと思い出し、歩は僅かに慌てた。
 しかしそれを顔に出さないように努めて無表情を装って言う。
「…随分横暴なんだな」
「本気ではありませんから」
「そうか。 それは良かった」
「しかし実行に移すことは実に容易であること、覚えておいてください」
 そう言うと理緒は銃を仕舞い、踵を返して酒場の出口へと足を向けた。

「…覚えておくよ」
 歩は嘆息混じりにそう言うと、理緒の後を追って歩き始める。
 振り帰ると、ひよのがマスターに頭を下げて謝罪を述べているのが目に入った。





「んで?何を教えてくれるんだ?」

 酒場を出て、まっすぐに出口に向かい町を抜け、そしてそのまま街道をてくてくと理緒の後を追って黙々と歩き続けている最中。
 町からかなりの距離をとった所で、歩が前を歩く理緒に声を掛けた。


「何が聞きたいですか?」
「そうだな…まずは、なぜ俺を捜してた?」
 その問いに理緒は足を止め、ゆっくりと振り返って言った。

「当然、あなたが英雄の弟さんだからですよ」
 ひよのは黙ったまま、理緒と歩の顔を交互に見比べている。
「…当然って。 俺が英雄の弟だから何だって言うんだ」
 静かに言う歩の言葉に、理緒は笑みの消えた顔できっぱりと言った。
「それはこちらが聞きたいですよ」
「…何?」
「人形兵達は力ある英雄に作り出され、そしてあたし達はその英雄の憎しみと共に呪いを受けました。 でもあなたは。 その弟であり、どんな力があるんですか? あたし達をどう救ってくださるんですか?」
「……どういうことだ」
「…あたし達は、ある場所。 英雄が人形兵を作り出した場所に連れて行かれ、そこで呪いを受けました。 そして言われたんです。『この呪いは私の弟である歩が解くだろう』と」
「…………」
 歩もひよのも、押し黙って理緒の言葉を聞いていた。
 理緒の声に感情はこもっていなかったが、どこかやり切れない怒りを隠せずにいるようだった。

「改めて訊きますが…あなたがどうあたし達の呪いを解いてくださるんですか? 救ってくださるんですか?」
「……残念だが、俺には無理だと思うぞ」
 理緒の再度の問い掛けに、歩は下を向き、ゆっくりと首を振りながら答える。

「…呪いを掛けた英雄本人が、あなたが呪いを解くと言ったんです! その言葉だけを信じてあたし達は…」


 『呪い』それは殺戮の楔。
 人間達を殺し、滅ぼさずには居られない殺人鬼への変貌。

 英雄と謳われた人間の、あまりにも理不尽なまでの"復讐"。

 それが自分達に呪いを掛けた張本人でありながらも、その言葉に縋るしか、この運命から抜け出す方法はなくて。

 そもそもこの呪いを運命だと割り切るには、あまりにもやり切れない怒りが胸を焼くのだけど。


 人を殺さずにはいられないこの両手をどれほど恨んだか。
 どれだけこの両手を切り落としてしまいたいと思ったか。


 それでも、この命を放棄することだけは、
 生まれてきた自分という人間を否定することだけは、

 出来なくて。

 だから探し続けた。
 英雄が放り投げて寄越したような、最後の希望。 呪いを解くことが出来るという、彼の弟を。



「会ったこともない、彼の話上の存在であるあなただけが、あたし達の希望だったんです」
 最後は悲痛に消え入りそうな響きの理緒の言葉に、歩は少なからず胸が痛みを覚えた。
 しかし、本当に自分は何も知らない。 そして、そんな自分に何か出来ようはずがないのだ。

「……すまないが、俺には何も…」
 俯いた理緒に言葉を続けようとしたとき。

「いいえ。 鳴海さんならきっとなんとか出来ます」

 先ほどからずっと黙ったままだったひよのが、目を爛々とさせて明るく言い放った。
「…は?」
「鳴海さんは何てったってあの英雄の弟です! きっとドールさん達の呪いを解けます」
「おい…何言ってんだ、あんたは…」
 これ以上話をややこしくしないでくれ、と歩がひよのを制しようとする。
「そもそも呪いって、英雄が何をしてどんな風に掛けたのかも知らなければ、当然どうやって解くのかも分からないんだぞ。 下手に希望を持たせるんじゃない」
 しかし歩の話など全く意に介さない様子で、ひよのは胸を張って続けた。
「私が知っていると言ったら、どうしますか? 呪いを解く方法を」
「!?」
 ひよのの自信に満ちた声に、歩と理緒が驚いたように彼女を見やる。
「呪いを解く方法、私は知っています。 しかし、それをお話しするには条件があります」
 言いながらひよのは視線を理緒に向け、そしてゆっくりと歩に向けた。

「鳴海さんがちゃんと、ドールさん達の呪いを解くために力を尽くす、ということを約束してくださることが条件です」

「…何?」
 ひよのの言葉を聞いた途端、歩が顔をしかめた。
「あんた一体何言ってんだ? どうして俺がそんな…」
「約束するかしないか、今はそれだけの言葉で結構ですよ」
「……」
 横では理緒が、心底驚いたような呆気に取られた目でひよのと歩のやりとりを見ていた。 しかしすぐにハッと我に帰り、
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「?何か?」
「あなたは何なんですか? そもそも、本当に呪いを解く方法をあなたが知っていたとして、どうしてあなたがそんなことを知っているんですか!」
 理緒の言葉にも、ひよのは小さく微笑って肩を竦めて返した。
「んー…。 その質問は面倒くさいのでパスです。 ここで一番大事なのは、鳴海さんがあなた達ドールのために力を尽くすことを約束してくださるかどうかだけです。 私はそれをお手伝いするためにここに居るも同然なんですから」
「……あんたの『手伝い』はこのことだったのか?」
 下を向き、ずっと考え込んでいた歩が、やがってゆっくりと顔を上げてひよのに向き合う。
「ええ」
「どうしてだ。 なんで無関係で他人のはずのあんたが…」
 歩の問いに、ひよのは心外だ、とでも言いたそうに目を丸くした。
「『どうして』? その質問の方が私には理解できませんよ。 理由が必要なんですか?この人達の呪いを解きたいと思うのに」
「………」

 ひよのの言葉に、歩は再び俯いてゆっくりと首を振った。
「…ちょっと、考えさせてくれ」
「ええ、良いですよ」
 ひよのがにっこりと頷くと、歩はまだ不可解な表情をしている理緒に向き直る。
「あんたの仲間…ドール達について詳しく知りたい。 …俺は本当に何も知らないんだ。 俺の兄貴がしでかしたことがどういう事で、それであんた達が今どんな状況にいるか、それくらい知ってもいいだろ」

 兄によって呪いを渡されたドール達が、一つの組織として綿密な計画の元に動いているとは考え難い。
 しかし、事件にはいつも同じような人形兵を動かしていることからして、彼らが全く何の繋がりもなく単独で行動しているというわけでもないだろう。
 そうだとすれば以前出会った香介というドールも、この理緒と何らかの繋がりがあるということになる。
 しかし歩への働き方はこの二人は全く違う。
 少なくとも理緒はおもむろに自分を殺そうなどとはせず、理性的だった。

 そのことから、歩は理緒を"話が出来る人間"だと判断した。
 …恐らく理緒も、何か伝えたいことがあるからこそこうして話をしに出向いてきたのだろうから。


「こいつがどうしてあんた達を助けることを当然としているのかは知らないが…」
 歩が視線をちらとひよのに向ける。 ひよのは一瞬むっとした顔をしたが、何も言わなかった。
「…あんた達のことは、俺の兄貴がしでかしたことなんだ。 弟とはいえ全く関係ないね、と見なかった振りをするのは俺もちと後味が悪い」

「そうですか。 …よく、分かりました」
 長い間を置き、理緒が小さく頷いた。
「話の出来る人で良かったです」
 そう言う理緒に、歩はしばし黙った後、
「あ、だが一応言っておく。 …俺に希望を持つな。つまり、期待は、しないでくれ」

 その"事態を好転させられなかったとき"の保険のような言葉に、理緒は苦笑して肩を竦めた。



















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03/11/04
10/01/03 加筆修正