+ ド ー ル ズ +






「そもそも、手伝いって…」
 太陽が真上から少し西に傾いた頃。
 町の中を二人並んでぶらぶらと歩きながら、歩が嘆息混じりに言った。
「俺は自分が何をするのかも分かってないんだぞ。 あんたはそんな俺について来て一体何を手伝うってんだ」
 問われたひよのはきょとんとした顔で歩を見やる。
「何をするのかも…って、鳴海さん、ほんと〜に、目的はないんですか?」
「だから前にも言っただろ。 俺は家や家族を失って、居場所がなくなったから旅に出ただけだ。それはあんただって知ってるだろ」
「えぇ、まあ」
「目的なんて無い。 ただ今を生きてるだけのつまらない人間だよ、俺は」
「でも見たところトラブルメーカーではあるようですね、重度の」
「……暇はしない、ってか?」
「ええ」
 面白そうに笑って頷くひよのに、歩は返す言葉もなく項垂れた。


「…って、鳴海さん?どこ行くんですか」
 そのまま街道を出て次の町へのルートを辿ろうとしていた歩に、ひよのが慌てて声を掛ける。
「ん? 何かここでし忘れたことでもあるのか?」
「なっ…旅の基本でしょうが!ココが一番重要どころですよ!」
 ひよのがそう言ってビシッと指差したのは、酒場だった。
 歩も足を止め、頭を掻く。

 酒場は旅をしている人間が暗黙の了解で集まる、つまり情報が集まる場所。
 旅をしている身なのだから、歩もそれは心得ている。
 しかしこんな昼間から酒場にいるのは昼食目当ての町民くらいで、めぼしい情報源となるようなものは無さそうだ、と踏んで歩は酒場を素通りしたのだ。
「こんな昼間っから飲んでる旅人なんていないよ」
 これで説明は足りるだろう、と思いながら、歩がひよのに諭すような口調で言った。
 しかしひよのは右手を腰に当て、左手の人差し指をを歩の鼻先に突きつけて「ちっちっ。甘いですよ鳴海さん」と言う。
「確かに旅人はいないでしょうが、酒場の一番の情報源といえばバーテンダーさんに他なりません。 さぁ行きましょう」
 そう言って歩の返事を待たずにすたすたと酒場へと足を進める。
「お、おい…」
 こうなっては仕方ないと、嘆息しながら歩が後を追う。
 ペースがまったく逆になってはいないか、という疑問がふと脳裏を過ぎったが、今は理由もなく彼女の言う通りにしてみようという気がしたのだ。




 小綺麗なその酒場は、広くも狭くもない、いわゆる普通の町の普通の酒場といった造りで。
 独特なセピアのライトに包まれる店内は、カウンターでマスターがグラスを磨いている以外は何の動きや気配を感じられない。
 BGMの掛かっていない店内はどうやら食事中の客すらいないようで、ひどく閑散としている。

 歩が辺りを見まわしていると、ひよのはすたすたとカウンターに歩み寄り、マスターに向かって「こんにちは」と声を掛けた。
「すみません、情報仕入れ中なんですが、何かありません? 何でも大歓迎ですが、特に人形兵・ドールに関するものなら尚嬉しいです」
 人形兵、の言葉がひよのの口から出た瞬間、マスターが胡散臭げに眉を寄せた。
「お、おい!」
 マスターのそんな様子など全く気にしない様子で、一人で機嫌良くペラペラと言い放つひよのの肩を歩が掴む。
「?鳴海さん、何か?」
「何かって…あんたなぁ」
 確かに、こういった旅人の行き来の多い町での酒場は、色々な情報のるつぼと言っていい。
 そのマスターともなれば、さぞ多くの情報・知識を備えているだろう。 しかし、だからこそ、同時に多くの危険があるのだ。
 情報を握る人間というのはその内容にもよるが、簡単にそれを洩らしてはならないという暗黙の了解がある。
 つまり、自分がこのマスターの顔見知りだったり、何かで信頼を得た深い関係などでない限り、大した情報を得られることなどできないのだ。

 しかしひよのは歩のそんな無言の訴えにも全く動じず、マスターに返答を促すように視線を送る。
「………」
 彼は表情を変えず、ひよのを煩そうな目で見やる。
 その沈黙にひよのは一瞬驚いたような顔をし、「まさか…」探るように口を開いた。
「まさか、私をご存知ないんですか?」

 その前にも一度聞いたことのある台詞に、歩は呆れかえった顔でひよのに「いい加減にしろ」と声を掛けようとした。
 しかし以前と違っていたのが。
 相手であるマスターの反応が、かつて自分が示したものと少し違っていたということで。

「あんた…もしかしてあの、『ラインマスター』か…!?」

「?」
「その通りですよ」
 そう言ってひよのは腰に提げた小さな鞄から、ちゃらりとメダルを取り出して見せた。
 金のメダルには上下左右に四つの星と、それを囲むように無限大を示す『∞』が刻まれている。
「確かに、ラインマスターの証だな」
 その一瞬でひよのを信用しきったように表情を緩めているマスターに、今度は歩が驚いて二人の顔を見比べた。
「ラインマスター? 何だそれは」
「何だ、あんた達一緒に旅してるんじゃないのか?」
 疑問符を顔に浮かべている歩に、マスターが不思議そうに首を傾げる。
「ついさっきからですよ。 彼は旅に"通"ではないので仕方ありません」
「なるほどね…」
 歩に代わって答えるひよのに、マスターは納得したように頷いた。
「何なんだ一体? あんたひょっとして有名人なのか?」
「兄ちゃん、このお嬢さんは、そのスジでは知らない人間はいないほどの人だよ」
 マスターは磨かれたグラスの二つを取り、水を注ぎながら言う。
「ラインマスター。 小国から大国までの犯罪、皇室、他国との経済や政治、あらゆる事情、つまり"ライン"に通じた情報通にだけ与えられる称号なんだ。 旅人の行き交うこういった場所を仕切る者ならば、どんな極秘情報でも彼女に提供するのは惜しまないよ。 こんな小さな町の酒場のバーテンでもな」
 マスターの話に、歩は目を丸くした。
 そんな歩を見てひよのは満足そうに頷いて。
「そういうことです。 良かったですね、鳴海さん。 どんな心細い旅でもひよのちゃんが一人いれば千人力ですよ。 知は力なり、です」




 ひよのに対し、マスターは面白いほどに実に多くの情報を提供して来た。
 その中で人形兵やドール達に関するものは数えるほどしかなく、それも旅人の間になんとなく流れている噂、程度のものだったのだが。
 マスターのひよのへの実にオープンな情報の渡し方に、やはり彼女が只者ではないのだと歩に自覚させるのには十分に足りたようで。
「あんた、いつからそんな情報屋なんて始めたんだ?」
「大体今から5年くらい前から…と言っておきましょうか」
「なんだそれは…大体5年くらい前って、あんたー」
「まぁいいじゃないですか。 女の子に多少のミステリアスはつきものですよ」
 突っ込んで訊こうとした歩を笑顔で制し、ひよのはマスターから得た様々な情報を分厚い手帳にさらさらとメモしている。

「とりあえず情報は基本的に『交換』が原則ですからね。 バーテンさん、何か聞きたいことはあります?」
 ひとしきりメモを終え、ひよのが鞄から他の数冊の手帳を取り出しながらマスターに尋ねた。
「そうだな。 それじゃあ他のバーの客風と儲け状況、あと今一番人気の高い酒なんて情報はあるかい?」
 後で歩がひよのに聞いた話では、どんな無茶なリクエストをしても応えてくれるということが、ラインマスターがあらゆる場所で歓迎される一番の理由だそうで。
 マスターの要求に、ひよのは笑顔で頷くと、手帳の束の中から割と新しいものを取り出し、ぱらぱらとめくって『最近の酒場事情』を説明し始めた。

「……」
 そんなやりとりを眺めながら歩は、ただ首を傾げるしかない。
 なるほど、このひよのという娘はとにかく不審な点ばかりである。 それは、この情報力…知名度や、それに伴う行動力や交渉力、観察力が極めて優れている、という意味も含めて。
 そしてどうやら(表向きでは)自分の味方らしいのだが、これが一番分からない。
 どうして彼女は自分に「お手伝い」称してついて来るのか。


 自分のこの旅に、まったく目的が無い…と言えば嘘になる。
 しかしそれは誰にも判るはずがないものだし、何より自分ですら確固たる意思によるものではない。
 彼女が何を思い、何を目的として自分について来るのかは分からないのだが。
 先日ドールの一人に襲われた事実もあり、そしてそれはどうやら気楽に構えてもいられない問題で。
 彼女の情報力が大いに助けとなることは考えるまでもないだろう。
 だからひとまず彼女の腑に落ちない点については、保留にしておいた方が良さそうだ。


「?どうしたんですか、鳴海さん。急に黙りこくっちゃって」
 マスターと情報を『交換』し終えたひよのが歩の顔を覗き込んだ。
 アンタの不審について考えていた、などとはさすがに言えず、歩はただ「いや…別に」とだけ答える。
「そうですか? …じゃあ、まとめて良いですか?」
 ひよのがぱららっ、と手帳のページを流す。 「まとめる」というのは今日までに集まったドール達に関しての情報のことだろう。
 歩が「あぁ、頼む」と答えて姿勢を正すと、ひよのは頷いて手帳をなぞり始めた。


「今ドールズや人形兵について分かっていることは…」
 カウンターに座り、マスターと歩に聞こえるようにひよのが述べる。

「人形兵は、何しろ『英雄』が創り出したものですからね。 簡単には壊れませんが、その身体を粉々に砕くか、ある特定の間接に仕込まれた核を傷つけるかすると完全に停止します」
 歩は数少ない、その人形兵を『壊す』ことの出来る人間の一人だ。 …まぁ、他の誰がそれが出来るか、など知る由もないのだけれど。
 分かりきったことなので本当は飛ばすところなのだろうが、話を聴いているのが歩だけではないということに配慮し、ひよのは敢えて読み上げているのだろう。
「そしてドールですが。 これはまぁ、人形兵以上に詳しいことは知られていなくて。 今私が持っている情報すら根も葉もない噂ばかりのような気はするんですけどね。 …6年前、英雄がすべてを憎み、すべてを呪った日…」
 ここで一端言葉を切り、ひよのは歩を見た。
(――あぁ、こいつは知ってるんだよな)
 自分がその英雄の弟であることを、何故か―今となっては彼女に『何故か』などという言葉は無意味な気がするが― ひよのは知っていた。 恐らくそれを気にしての目配せだろう。
 歩が肩を竦めてみせると、ひよのは小さく咳払いして言葉を続けた。

「…人間を憎んだ英雄が、人形兵を制御不能の破壊兵器と化させ、何人かの人間の子どもに呪いをかけたんです。 それを私たちは『ドール』と呼んでるわけですが…彼らだけは人間でありながら人形兵を操ることが出来ます。 何を目的にしているかは分かりませんが、とりあえずしていることは破壊と殺戮活動ですね。 普通の人間との区別方法としては左手の甲に番号を彫ってあることと、肋骨の一本に螺旋…ネジが突き刺されていること」
「ドール達の目的というか、望みはやっぱ不明か?」
「えぇ、そうですね。 その状況はわかりませんが、何の罪もなく呪いをかけられたんです。 その復讐では?」
「いや、復讐する相手が違うだろ。 大体兄――いや、英雄に呪いをかけられて、それを憎んでるならその英雄の思惑通り人間への復讐に付き合うなんてしないんじゃないか?」
「それもそうですねぇ…」
 ひよのがペンの後ろ先で顎を突つきながら天井に目をやる。

 そのときふと、静まり返っていた店内に声が響いた。
「知りたいですか? 破壊の理由、殺戮の目的」

「「!!」」
 その幼さの残る声は、歩には聞き覚えがあった。
 ばっと振り向くと、そこには案の定、今朝会った灰色の髪の少女が立っていた。




















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03/10/31
09/12/22 加筆修正