+ ロ ン ゴ メ リ の 空 +






 まだ世界が。何より自分が

 魔法の存在を信じていた頃。


 自分には この空がどんな風に見えていたのだろう。



 古く辛い記憶に埋もれてしまったそれは
 今よりずっと青く 蒼く広かったのだろうか。






















 目の見えない少女に出遭った。

 自分の前を、杖をつきながら歩きにくそうに、ゆっくりと歩いていて。
 その足取りが、あまりにも覚束なく 心細く思えて。


「キミ、大丈夫かい?目が見えないのに一人で外を歩かない方が良いんじゃないの?」


 気が付けば、少年はその少女に声を掛けていた。





「わたしですか?大丈夫ですよ、ありがとうございます」
 振り返った少女は、初め不思議そうに首を傾げ、やがてふっと微笑って言った。

「お兄さんは…街の方ではありませんね。旅してらっしゃるんですか?」
 少女の言葉に少年は少し驚いて、
「…うん、そんなとこかな。でもよく分かったね、僕が街の人間じゃないなんて」
「わたし、生まれたときからずっと目が見えなくて。だからか、声を聴くだけで大体のことが分かるんです」
「へぇ・・・すごいね」
 少年は言った後、あ、と口の中で小さく呟いた。

 ―――すごい、だなんて、ちょっと失礼だったかな。

 そう感じて。










 心地よい風が、吹いていた。


 丘を吹き抜ける風に目を細めながら、少女は尋ねた。

「お兄さん、こんなふうに風が気持ち良いときは、空はどんな色をしてるんですか?」
「え…?」


 どんなって…空の色だよ。
 そう口から出掛かって、少年は笑いを呑んだ。


「……うーん…どんな色…なのかな……」

「わたしの母さんがいつも言ってたんです。母さんは、辛いことがあったときには空を見上げるんだって。空の色を見ていると、自分がすごくちっぽけで、その痛みまでとても小さく、なんでもないことのように思えてくるんだ って」

 よっぽど、きれいな色をしてるんでしょうね。
 少女はそう言って、焦がれるような表情で空を仰いだ。





「………」
 喉から出掛かっている、言葉。









 空を掴めるような気がしていた あの頃。

 空を泳ぐ魔法があると 信じていた あの頃。




 思い出しても 胸が裂けるように苦しくなるだけ。











「・・・僕は、そうは思わないや」

「え・・・?」

 少年は困ったように笑いながら、少女にごめんね、と小さく謝った。

「胸が、苦しくなるんだ」








 透けるような蒼。


 高く、広く 深く。





 『あの頃はきっと 僕らは空と対等の存在だった。きっと。』












「あまりに強すぎて、弱い僕らは呑み込まれてしまう。呑み込まれても受け入れてはもらえないのに。潰れてしまうんだ」




 だって ほら

 見上げると落ちてしまいそう。


 胸をすくうような天空に。













「…それは、つらいことですか?」

 少女が尋ねる。

 光を知らないその瞳は
 けれど 確かに


 この空の蒼を宿していて。






 少年は微笑って言った。何かを諦めたような眼差しで。

「見てるとね。絶望を、おぼえるんだ」








 少女は不思議そうに首を傾げて、少年の方を見て。

「そうですか…」


 そして風を受けて もう一度空を仰いで。




「お兄さんは空を見上げることで、わたしには無い確かな感情を手に入れたんですね」




 それはとても、豊かなことですね。

 微笑って、そう言った。



 焦がれるような眼差しを 開かない瞳に秘めて。





「―――――」

 少年は、自分は今 泣いてはいないか気になって頬に手を当てた。

 泣いてはいなかった。

 いなかった けれど。


「…豊かだなんて、言えるようなものなのかな?」



 少年の言葉に、少女は小さく微笑い、小さく肩を竦めて言った。







「…それは、お兄さんが決めてください」














 あの頃の自分には。
 自分達には、この空はどんな風に見えていただろう。


 そして今
 自分には この空はどんな風に見えているのだろう。











「キミは何も見えてないはずなのに・・・とてもたくさんのものが見えているんだね」












 この目は


 光りを知っているが、ゆえに、



 光を拒絶してしまう のに。



















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03/04/19
09/10/21 加筆修正

早速番外編ってのもどうかと思うんだけど(笑)
名前も表記してないので、感情描写と喋り方だけでキャラ判断していただけるとかなり嬉しいです!てか少し自信つきますよねー。さぁ・・・何人の方が分かっただろうか(どきどき)
少女、のほうは誰でもないです。私のオリジナルです。
ちょっと今回私の大好きな哲学を少し入れちゃいました。出元はご存知の方はすぐぱっとくるかな?

ファンタジーパロとはいえ、こんな風に感情描写が主の話もばしばし入れていきたいなぁ。