+ 神 怨 の 序 曲 +
兄は優秀な技工士だった。
特に秀でていたのは、人形に特殊回路を組み込み、ロボットを作る技術。
はじめはただ子どもの遊び相手や人々を目で楽しませるようなものばかりだったが、いつしかその技術は国軍に見初められ、兵器としての役割を持つようになった。
近隣諸国で領土争いの戦争が相次ぐ中、兄の開発したロボット、人形兵はこの国を次々と勝利に導いていった。
やがて戦争が沈下し、世界が静けさを取り戻す頃には、兄は 英雄、と。
そう 呼ばれるようになっていた。
確かに、そうだった。
六年前、
彼の妻である、つまり俺の義姉が殺されるまでは。
「…………」
まだ昼には早い、そんな時間。
どうやら客は自分だけしかいない、静かな喫茶店で。
英雄、鳴海清隆の弟、鳴海歩は紅茶を啜りながら、店内を流れる雑音混じりのラジオに耳を傾けた。
『相次ぐ「ドール」達の犯罪。国民の皆さんは厳重な注意を向けるよう・・・』
『ドール』、その言葉に反応したように眉をひそめ、嘆息する。
「またか…」
事実上戦争が終わり、国々が貿易と国際交流、経済復興に力を入れ始めるようになったとき。
兄のこれまでの実績と、兵器を造り出す能力が、政府にとっては脅威となった。
兄が作り出す人形は本来兵としての役割を持っていなかったし、実際にそればかり作っていたわけではないのだけれど。
戦争中各国を恐怖に陥れた圧倒的な力を持つ人形兵、兄が人形を作れば全ての人形がその力を持っていると思っている者も少なくなく、このままでは国と国との間に摩擦が生じるのではと恐れられたのだろう。
英雄の力を恐れ、政府は兄を封じるため、あらゆる手を使った。
力ある兄はそれを幾度も掻い潜り、危険を回避したが、ある日事件が起こった。
兄の最愛の妻が、攻撃に巻き込まれ、命を落としてしまったのだ。
悪夢はそれから始まった。
狂った英雄の命はすぐに衰えて。
兄は自ら破滅の道を選んだ。
去り際に、呪いを残して。
英雄の作って来た人形兵が暴走を始め、次々に人間を殺め、傷付けるようになってしまったのだ。
そして呪いはそれだけには収まらなくて。
彼は国の子ども達を攫い、生存することが殺意と同義であるよう、『改造』した。
作った人形に、殺戮の兵力を持たせることと同じようにして。
その子ども達は英雄の作った人形を操るばかりでなく、自分達でも更に人形兵を作り出し、方々の街を襲い、破壊と殺戮を繰り返している。
これが、第二の呪い。
兄が最期に願ったことは、きっと人間の破滅だろうから。
だからその子ども達も、その怨念に従って繰り返すのだろう、人々を破滅させることを。
そんな畏れの念を込めて、人々は彼らをこう名付けた。
『ドール』
と。
無粋な表情をしている自分の顔が映っている紅茶をぼんやりと見つめていると、不意に声を掛けられた。
「あの、…すみません」
「?」
ウェイトレスらしき女性が後ろに立っていて、振り返った歩に、おずおずと紙切れを差し出してきた。
「何だ?」
「さぁ…お店の前で、男性がこれを中にいる客に渡せ、と…」
客は自分一人なのだから、そう告げられれば彼女が自分のことだと思うのは当然と言えるだろう。
とりあえずその差し出された紙切れを受け取ると、注意深く開いてみる。
『やっと見つけた』
紙の中心に、それだけ殴り書きされている。
「??何だってんだ…」
不審に首を傾げた瞬間、外を破壊音と共に悲鳴が響き渡った。
「!?」
弾かれたように立ち上がり、耳を澄ませる。
ピー、という甲高い笛の音。
この警報が意味するものは一つ。
「…人形兵か」
呟くと同時に、店の扉が蹴破られた。
ぱらぱらと埃が舞う店内を、人形が入り込んで来る。
ひと目では普通の人間と変わらない、外見。
しかしよく見ると関節には継ぎ目があり、目は虚ろに開いたまま。
そして言葉を話すこともなければ、感情も無い。
かつては戦争兵器として作られた、今ではただ作り主の怨念に操られるまま破壊と殺戮を繰り返す、人間の脅威。
「二体か……」
面倒臭い。 舌打ちすると、歩は肩に下げた鞄に手を突っ込みながら、人形兵達と距離をとった。
視界に入ったモノを無差別に破壊する人形が、ぎぎ、と軋んだ音を立てながら向かって来る。
「…………」
じりじりと後退しながら、探る。
次々とテーブルや椅子を潰し、投げ飛ばしながら向かって来る人形、その動きを一瞬足りとも見逃さないように。
人形の神経の束。 人間での脳や心臓とも言える、『核』を。
「―――――」
人形の一体が、首をぐるぐると回しながら、へし折った椅子の足を振り上げ、向かって来る。
人形が足を踏み出す度に、ドリル型のそれに踏まれ、床や椅子、テーブルがべきべきと音を立てた。
「…!」
首の後ろ、間接の中心か。 口の中で呟くと、歩は鞄の中から小さな針のような物を取り出す。
そして襲い掛かる人形の脇を素早く掻い潜り、一瞬の隙を狙って針を人形の首の間接に差し込んだ。
かちり、と小さな音が響く。
その瞬間、人形が停止し、その場に崩れ落ちた。
ふう、と小さく嘆息したのも束の間。
真後ろから悲鳴が上がる。
「!」
今度は残りの人形兵が、先程のウェイトレスに襲い掛かっている。
へし折られた椅子の足を頭上で振り上げられ、その場にへたり込んだウェイトレスがか細い悲鳴を上げた。
「ちっ…」
頭をぐしゃりと掻くと、歩は散らばってガラクタと化したテーブルや椅子を踏み避けながら人形へと向かう。
「きゃ…」
ウェイトレスの頭に振り下ろされた棒が届く瞬間。
歩が人形の肘の関節に針を突っ込むと、先程と同じようにかち、と音が響く。
棒を握った人形の腕が、がしゃり、と音を立てて落ちた。
肘から先を失った人形が歩を振り返った瞬間、空かさずその左耳の後部の一点に針を差し込む。
歩の動きに反応する間もなく、人形はその場に崩れ落ちた。
「…?」
その場に蹲って顔を伏せていたウェイトレスがゆっくりと顔を上げた。
彼女に怪我の無いことを確かめ、ふっと安堵の嘆息を吐くと、歩がウェイトレスに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「…は、はい…」
青ざめた表情のまま、歩の手を取り、ウェイトレスがゆっくりと立ち上がった。
「どうも、ありがとうご―――」
ぱん。
乾いた音が歩の耳に届いて、その次にウェイトレスの身体が前に傾いていくのが、やけにスローに見えた。
「―――な、」
床に倒れ伏したウェイトレスの頭部から、ゆるゆると鮮血が流れ、池を作り始める。
それを凝視しながら言葉を失っている歩の耳に、笑いを含んだ声が届いた。
「あーあ。 守ってやるなら、最後まで守ってやらねぇと意味が無ェんじゃねーの?」
「!」
声に振り返ると、そこには男が一人立っている。
赤紫の髪に、歩と同じか少し年上かくらいの背格好のその男は、黒い銃口から昇る煙をふっと吹くと、その銃を腰のベルトに戻す。
人形兵によって崩された瓦礫を踏み付けながら、男は歩が先程ウェイトレスに渡された紙に書いてあったものと同じ言葉を口にした。
「やっと見つけたぜ…英雄の弟さんよ」
「…何なんだ、あんたは」
じり、と後退しながら、歩が平静を装いつつ尋ねる。
「お前の兄貴によって…呪いを受け渡された、哀れな子どもの一人…って言えば解るか」
眼鏡から覗く男の瞳が、じわりと殺気を帯びた。
歩が横で倒れ伏したウェイトレスをちらと横目で見、小さく嘆息する。
この数年で急速に広まった脅威。
英雄の呪いを受けた子ども。
生存と殺意を同義とする、子ども。
人々は彼らを、―――と。
「……『ドール』、か」
歩の言葉に、男はふっと微笑って言った。
「その通り」
「人形兵は何度も見てきたが、ドールに会うのは初めてだな。 …やっと見つけた、そう言ったな。 どういう意味だ」
歩の問いに、男は一瞬口を開き言葉を発そうとしたが、不意に人の悪い笑みを浮かべる。
「へっ、一生考えてろよ」
そう言うと、一瞬の速さで腰のベルトから銃を取り出し、歩に向けて構えた。
「――!」
歩が反応し、逃げる体勢を作り身構えると、男は「はっ!びびってんじゃねぇよ!」と肩を竦める。
「いいか、今日はこれで帰ってやるよ。 どうやら結構やるみてぇだしな!」
先程歩が崩した人形兵を見回し、そう言った。
そして構えた銃を歩でなく、その足元に転がったウェイトレスに向け、引き金を引く。
先程と同じ音が響き、一瞬でウェイトレスの頭が弾け飛んだ。
「―ッ!!」
びしゃ、とその血飛沫を頬に浴び、歩が反射的に顔を伏せる。
「せいぜい兄貴の言葉の意味を考えながら、残り少ない余生を楽しんでおくんだな。 お前もやがてそうなるぜ」
そう言って男はくつくつと笑いながら、店の扉に手をかけた。
扉を開け放ち、「あ、そうそう…」思い出したように男が振り返る。
「俺は浅月。 浅月香介ってんだ。 覚えとけよ」
扉がばたん、と音を立て、足音が過ぎ去る。
やがて人々が集まり辺りが騒然とするまで、歩はその場を動けなかった。
「さて…どうしたもんかな」
人々の声がざわざわと行き交う中、歩が嘆息混じりに呟いた。
あのとき、喫茶店にいた客は自分一人で。
つまり店内に居た人間は、自分以外ではあの殺されたウェイトレスだけだったらしい。
「さぁ、お前達の目的をはっきりとさせてもらおうか。ドール君」
地方警官の一人が威圧するように言った。
「あのー…本当に俺が犯人だって…ドールだって、そう言ってるんすか? 銃も何も持ってねーのに」
あろうことか店を荒らし、ウェイトレスを殺した容疑者となってしまった。
店内を人形兵が荒らし、浅月と名乗ったドールの男が銃を使っている間、人々は事件に巻き込まれたくないという思いで、近くに寄って来なかったようで。
店が静まり、人々が集まり出した頃には、荒れ果てた店内にはウェイトレスの死体と、その横に立ち尽くす歩しかいなかった。
「状況から言って、人形兵を連れてこの店に押し入り、ウェイトレスを殺すことができたのは君しかいない。 そして君の言うような男の目撃情報も無い。 決定的だ」
「………」
元々戦争兵器として作られた人形兵は、多彩の武器をその身体に装填されている。
勿論、銃なども例外ではない。 人形兵を操れば、自分は銃を持たずして相手を射殺することができる。
もし歩が犯人であるならば、凶器を彼自身が持つ必要は無いのだ。
けれど、人形兵を操ることができるのは、同じ『呪い』を共有したドール達だけで。
勝ち誇ったように言う目の前の警察を半眼で見やり、歩が更に問う。
「それじゃあ、俺がドールだという証拠はどこにあるんだ? そんな突っ込みどころ満載の状況証拠だけじゃ逮捕できないぜ。 俺がドールだって確かめる術でもあるんなら、話は別だけどな」
そう言って肩を竦める歩の言葉に、警官は苦い顔で口を噤んだ。
「む…それは……」
ほらみろ、と歩が言おうと口を開いた瞬間、人垣の奥から声が響いた。
「下っ端の警察さんにはそんな重要事項は知らされていないんですよねー」
「なっ…!?」
「?」
この場を楽しむかのような、能天気な声に、歩と警官が辺りを見回す。
一人の少女が、人波を掻き分けながら歩の傍へとやって来た。
「『ドール』と呼ばれる人達には、呪いの元である英雄さんの呪怨として、肋骨の一本にネジが刺さってるんですよ」
「!?」
「それともう一つ。 目に見える特徴としては、ドール達は自分達と普通の人間との区別を付ける為、左手の甲に番号を彫ってあるんですよ」
言いながら少女は歩の所にトコトコと歩み寄り、「失礼します」と言いながらその左手をとり、当然何も彫られてなどいない甲を警察に見えるように持ち上げた。
「どうですか?」
「………くっ…」
何も言い返せずにいる警官に向かってにこりと微笑むと、少女はぺこりと頭を下げ、くるりと踵を返した。
二つに束ねた蜂蜜色の髪が、目の前で軽やかに揺れる。
呆然と立ち竦む歩とすれ違いざま、少女はふ、と小さく笑みを浮かべて言った。
「――これは始まりに過ぎませんよ。 英雄の弟さん」
囁かれた、鈴の音のような声。
「え―――」
歩が驚いて言葉を失っていると、少女は振り向き、花のようににっこりと笑みを浮かべた。
そして次の瞬間には走り出し、あっという間に人波に飲み込まれてしまう。
「………」
騒然とする人々の真ん中で、歩は一人、呆然と今日あった出来事を思い返していた。
それらがやがて、自分の運命そのものを、左右し始めることに。
何より自分が既に、それらの運命を、左右することになっていることに。
今はまだ 気付く由も無かった。
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03/04/19
09/10/21 加筆修正
肋骨の設定は原作そのままにしようかとか考えたんですが。人形ということで、一番先に思いついた部品がネジで。
しかも「ネジ」って、漢字で「螺旋」と表記することができるんですよ。ちょっとそれをカケてみたりしたんですけどね・・・・・・(必死な言い訳)